※こちらの挨拶分は平成17年(2005年)の幸賀毅の議長就任挨拶です。
平和の世紀として迎えた21世紀も早5年を迎えますが願いとは裏腹に伝教大師仰せの「三災の危うきに五濁の深きに沈む」様相を呈していると言われます。
国内外にあって、自然災害の頻発、民族、宗教間の紛争絶えず、殺人・盗人は日常茶飯事の感、果ては血で血を洗う骨肉の争い等々の事象を悲憤慷慨することは、決して過剰反応とは思いません。
敗戦から60年、昭和の大合併から50年を迎え、歴史の転機を予感するに十分な、お膳立てを感じます。
加えて、干支の巡り合わせは酉年、(酉は鶏を指す)鶏の一声で何かの「朝の訪れ」を告げていると思いたい。
それは温泉町自立のお告げであります。
戦前において、西洋諸国の識者の日本観は『日本民族は貧乏だが高貴だ』と、文化大国として尊敬されていました。「襤褸(ぼろ)は着てても心は綿」の歌の文句は耳に覚えがあります。
戦後、日本人は「カネさえあれば豊かになれる」と思い込み、ひた走ってきたが遂に幸福感は得られなかった。60年を経た今日、衣食足りて礼節を喪失した国民に成り下がり、米国にへつらう日本になったとの酷評は自他共に認めざるを得ない状況にあります。
先哲の言、孟子曰く『道は近くにあり、而るにこれを遠くに求む』と。至言と受け止め、儒教や仏教、武士道などに根付いた日本固有の精神文化や自然環境、伝統を置き去りにしてきたことに気付き、零年からの出発が求められていると思います。
現下の2町合併は、いよいよ不透明。
世は自助・自立・自己責任の時代、寄らば大樹の陰に甘んずることなく、正に酉(鶏)年「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」の気概をもって、本年を温泉町自立元年と位置付け、日本国世直しの尖兵となって行動を起こそうではありませんか。
町民皆様のますますのご健勝とご発展を謹んでお祈りいたしますと共に、議会に対する変わらぬご叱正、ご鞭撻をいただき皆様の願いが行政に反映できますことのご協力を得て、議会の使命遂行に一層の決意をお誓い申し上げ、年頭の辞とします。